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40年前、父(金子恭雨(陶芸家)・金子清美(写真家))は
耀変天目・油滴天目を作ろうと、色々な岩石、岩、泥など
昔、琉球と言われていた所から集めていました。

私は子供ながらに、父に焼き物の中にガラスを入れてとお願いしたところ、
5回目に牛乳瓶と窓ガラスを割って入れてくれ、焼き物を焼いてくれました。
父は透明のガラスが張り付いているだけと、思っていたようです。
ところが、焼き物を窯から出してみると、ガラスに薄く、ブルーとグリーンの色が現れた焼物があり、
それを窯の前に並べると、そこには沖縄の海が太陽の下、キラキラと輝いていました。
あまりの美しさに父と私は呆然と眺めていた事を今でも鮮明に思い出します。
父は沖縄の海の焼物も次世代の焼物としていいだろうと始めたのが、
石垣焼窯元の前進であるよろん焼窯元でした。

父の生前ですが、私が大人になって、どうしてすぐに焼いてくれなかったのか、聞いた時に、
ガラスと陶器の融合を成功、商売にできた人は日本でも世界でも当時は皆無と言われ、
世界の錬金術師をもってしても、銅版や金属とガラスとの共演に留まっていたのが、当時の現状であって、
日本でも江戸時代に灰釉でしか制作できなかったとされ、
明治に入っても透明釉でしか出来なかったとされていたのでした。
結局、偶然ではありましたが、父が作った焼物が生まれた瞬間が、その当時世界でも初めての、
ガラスと陶器の融合した焼物の、産声をあげた瞬間になりました。

東京の広告代理店に勤めていた頃、心も身体も疲れはて、すべていやになった時がありました。
マンションに帰り、電気の光が器の中の「沖縄の海」に当たったまさにその時、あの素晴らしい海の
記憶が鮮明に脳裏に蘇り、心に暖かい太陽の温もりと癒しを感じ私は救われた事を思い出します。

私はこの美しい焼き物を、一部の営利団体に飲み込まれることなく、また媚することなく、
圧力に屈せず、世界に誇れる美術工芸品として広めたく思っております。
様々な焼物がこの日本から生まれることは素晴らしい事だと、
日本を愛する一、日本人として、切に思わずにはいれません。

この石垣焼には美しいだけでなく、人々を幸せにする力が備わっております。
一人でも一家族でも、幸せな家庭が私どもの焼物によって、生まれればと願っております。
食卓も私どものお皿が幸せの演出の一つになればと心から願っております。

石垣焼窯元当主
金子晴彦