
天目の歴史(油滴天目茶碗)
天目の発祥地、中国の天目山は古来より茶の名産地として知られたところで、抹茶の流行した宋代には、抹茶用の茶碗として、新たに生まれた建窯で作られたものが従来の青磁に代わって使われるようになり、天目山の禅僧達の間でも盛んに使われました。
この天目山には有名な禅宗の寺々があり、鎌倉時代には日本からこの地に留学する僧も少なくありませんでした。
この留学僧達が帰国の際に建窯の茶碗を持ち帰り、やがてこれを天目山にちなんで日本では天目と呼ぶようになったと言われています。
天目の名は初め建盞(けんさん)だけに限られていましたが、のちには他窯の茶碗にも使われるようになり、茶碗の別称になりました。建盞とは、中国の建窯でできた茶碗を言いますが、天目を代表するもので一番有名です。
中国南宋時代(1127~1279)建窯の天目山より日本の禅僧が天目茶碗を持ち帰りました。抹茶を初めて宗からもたらしたのも、栄西禅師である事からも、「茶の湯」と「禅」の精神の深い関わりが伺えます。
喫茶の習慣は特に禅僧の僧院において礼法の一つとして定着し、独自の発展を見せてまいりました。室町の茶の湯では、茶入れといえば唐物、茶碗といえば天目でした。その古い伝統から天目は後の世にも特に貴ばれ、格段の扱いを受け、神仏前の献茶や貴人点にも愛用されてきました。
希少価値
かつての歴代の名将、足利将軍、織田信長、豊臣秀吉などが、茶会や唐物の茶道具を文化的権威の一つとして取り上げ始め、その価値は一国一城に匹敵するとされていました。現在、大阪市東洋陶磁美術館に所蔵されている国宝油滴天目茶碗は、古来、油滴天目中最高のものとされ、関白秀次が所持し、その後、西本願寺、三井家、若狭酒井家、伯爵忠道、安宅家、住友グループに伝来してきたものです。南宗が滅びた後の中国での生産は不可能になり日本での再現も元々不可能であった為、希少価値は増々高まりました。
所蔵
名品は我国に多く国宝の燿変天目茶碗(銘・稲葉)静嘉堂文庫美術館を初め京都国立博物館、大阪市立東洋陶磁美術館、龍光院、徳川美術館、永青文庫、根津美術館、MOA美術館、五島美術館等が宋元時代の数々を所蔵し天目の宝庫として世界陶磁史に誇る重要な位置付けをしています。海外ではイギリスの大英博物館やニューヨークのメトロポリタン美術館をはじめとし、ワシントンのフリア美術館、カナダのトロント美術館、クリーベランド美術館、ボストン美術館や、ミシガン大学の東洋美術史研究室、オックスフォード大学等に所蔵されています。
石垣焼窯元
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