
歴史Ⅱ(よろん焼)金子恭雨 -想い-
金子晴彦の父・金子清美は元特攻隊の生き残りでもあり、何か奄美群島・沖縄の役に立ちたいとの思いがあり、当時日本の最南端であった与論島に石垣焼窯元の前進であったよろん焼を創設。今までなかった民芸品を作らねばとの思いでガラスと陶器の融合を試みる。
天目との出会い
写真家(ペンネール金子清美)であった頃、世界的に著名な写真家であった土門拳に師事、京都の撮影で『古寺巡礼』に同行。修行の一環であった座禅を禅寺で行うなど、撮影で寺院をまわる機会が増え、国宝級の仏像や 油滴天目 抹茶茶碗などに接し、深い感銘を受けました。
陶器と沖縄への思い
写真家としても南国の美しい風景を撮りたいという想いが強くなり、当時日本の最南端であった与論島に移住。この美しい海の色をなんとか陶器に表現できないものかと試作を重ね、初めて1970年、沖縄、奄美群島で油滴天目を再現・成功させました。
初めての試み
現在では陶器に着色ガラスを合わせるなど、様々なものが一般化されていますが、当時は陶器とガラスを融合すると、物理的に割れてしまうことからタブー視され、制作不可能と言われていました。ガラスを陶器にいれて焼くことは前人未到。
金子は当時の陶芸の世界に新風を吹き込みました。
天目の制作場所の適正
与論島は中国南宋時代の油滴天目の生産地「建窯」と緯度がほぼ一致している為、天目のできる可能性が高い環境であると考えました。2001年、天目茶碗が石垣島で出土。かつて天目茶碗が石垣島にて制作されていた事が明らかになりました。
アーティスト金子恭雨
生前に人間国宝の話も浮上しますが、金子は「無名で死んでいくのも素晴らしいこと」と譲らず、ダンディズムを曲げませんでした。団体に所属することなく、アーティストとして、自らの考えと感性のみを信じ、命の限りそれを貫きました。
石垣焼窯元
〒907-0021
沖縄県石垣市名蔵1356-71
TEL : 0980-88-8722 FAX : 0980-88-8180
台風時及び停電時の連絡先 TEL : 080-6490-8722
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